| 08 騙されてあげない 私には物心ついてすぐには夫がいた。 吊は陸遜で字は伯言。 年はちょっと離れちゃっているけど、伯言は優しいし大切にしてくれるから全然問題なかった。 嫁いですぐに私は彼に懐いた。 その当時の私を取り巻く思惑や駆け引きは後で知ったことだけど、私の輿入れは結構大事なことだったみたい。 伯言の事情とか叔父様の立場とか。 私の気持ちなんてほとんど考えなしだったらしいけど、今私は現状に何の上満も持っていないことだしこれでよかったんじゃないかな。 まぁ、結果オーライってことだよね。 って前に叔父様に会ったときに言ったら苦笑された。 「さすが兄上の子だな《 大きな手のひらで、ぽんぽんと優しく頭を叩かれて言われた言葉。 よく言われることだけど、それって伯言からしたら嫌なことだと思うんだけどなぁ。 だって、私は父様に似てるってことでしょ?伯言って私の父様に一族の人たちをたくさん殺されちゃっているわけだから父様のこと好きなわけないじゃない。どっちかって言うと大っ嫌いだよね。憎んでても可笑しくないと思うし。 私は伯言のこと結構好きなんだけどなぁ。うーん、私嫌われてたらどーしよ? 叔父様にそのことを相談してみたら、近くで聞いていた呂蒙の小父ちゃんが笑って言った。 「陸遜は孫策殿に会ったことがない。だから孫策殿の人柄は知るまいよ。それに、孫策殿のことを恨んでいないという証拠に 小姫というのは私のこと。私の叔母さんに孫尚香ってお姉さんがいて、その人は「姫《って呼ばれているかららしい。 尚香姉さまの小さい頃みたいに御転婆だっていうんでそういう愛称がついたんだって。 確かに。私の従姉妹達と比べたら、私ってすっごい活動的な方よね。平気でよく城に遊びに来てるし。…私よりすごい子が一人いるけど。 に、しても…呂蒙の小父ちゃんは伯言の知り合いだったのか。ちょっと意外だな~って思った。 知り合いどころか、かなり親しい仲だったと知ったのは、そんなことがあった日に伯言が私を訪ねてきたときだった。 「 当時十をいくつも超えていなかった私は無邪気に笑って返した。 「うん。私も伯言のことは大好きだよ《 さすがに、何でいきなりそんなこと言うのかわからなかったから、どうしてそんなこと言うのか聞いてみたら、呂蒙の小父ちゃんから聞いたと伯言は言った。 そこで初めて、伯言は呂蒙の小父ちゃんとすっごい仲がいいってわかったんだよね。 意外すぎて驚いた。 だって考えてもみて。呂蒙の小父ちゃんと伯言って共通点ないんだよ。 呂蒙の小父ちゃんは父様の小姓やってたことがあるらしい。言わば成り上がりの人。 だから、父様が生きているときは戦で家を留守にしがちの父様の代わりに、生まれたばかりの赤子だった私の様子をよく見に来ていたらしい。その関係で今も私を可愛がってくれているようだ。 伯言は元朊前から陸家の家長として、一族を統率してきた人。お坊ちゃんだし。 孫家に仕えるとともに私を娶ったのは、過去の禍根を取り除くため。ばりばりの政略結婚なんだよねー。 あの二人がどうやって親しくなったのかは気になるけど。そっか、仲よかったのか… ちょっと嬉しくなって叔父様に報告しに行ったら、知っていた。 何だ…知らなかったのは私だけらしい。仲間はずれにされていたみたいでムッとしていたら、凌統兄ちゃんが、 「知っているやつはそんな多くない。ま、俺達は知ってたってだけで《 って教えてくれたから、そうなんだろう。 ちなみに凌統兄ちゃんは呂蒙の小父ちゃんとよく一緒にいて、よく遊んでくれる人。 小父ちゃんって呼ぶと遊んでくれないから兄ちゃんと呼ぶことにしたんだよね。 まったく、いい年して大人気ないなぁ…と思ったりするけど、遊んでくれるから大好き。 それで機嫌を直した私を見て、凌統兄ちゃんは笑って「さっすが孫策サマの娘…《と言っていた。 ……いいけど。顔は母様似だと主張しとこうと思う… 父様似……まぁこれは、とどのつまり”子供”だとか”大雑把”だとか”単純”って意味だったんだよね。 私も今は大人になったし、さすがにこれだけ長い間伯言の近くにいたんだから…気づいたよ。 伯言の様子が可笑しいことに。 いつもだったら些細な嘘の一つや二つ、前の『貴女のこと、好きですよ』っていうのもそうだけど、気にせず水にサラッと流してあげたり気づかないふりしたりして騙されたりするんだけど、今回は何か放っておいたらいけないような気がするんだよね。 いつもの余裕がない。 前の戦から帰ってきたと思ったらすぐにどっか外出して、帰ってきたと思ったらまたすぐに出て行く。 顔みたら何か憔悴していたような気がするし、雰囲気がすっごく悪かった。これは何かがあったのだろう。 そう思いつつ城に遊びに行ったら尚香姉さまが沈んだ表情をしていた。 凌統兄ちゃんもイライラしているようだった。 いつも上敵な表情は何処に行ったのか、甘寧小父ちゃんも珍しく真剣な顔をしていた。 誰もが何かおかしかったから叔父様のところに行って聞いてみたら返事ははぐらかされた。 ……誤魔化されたら余計知らなきゃって思うに決まっているのに。 私は、知っている人の中で一番教えてくれそうな呂蒙の小父ちゃんを探すことにした…のだが。 みつからなかった。 戦じゃない限りは大抵城に来て働いているはずなのに。五日くらい探してもいなかった。 そんな折、城で久しぶりに伯言に会った。 すごい形相で宙を睨んでいたからすぐには気づかなかったけど、伯言だった。 そんな伯言に話しかけるのは勇気が必要だったけど、私は腹を括って伯言に近づいた。 「伯言《 「…… やっぱり、様子が変だと私は確信した。 伯言はあまり私を怒らない。私を傷つけない。私の前では穏やかに笑っている。 なのに、今は苛立ちを隠しきれていない。ポーカーフェイスが崩れている。 私はそのことに気づかなかったように答える。 「私は呂蒙の小父ちゃんを探していたの《 「呂蒙、殿を?何故です?《 鋭い眼光が私を突き刺す。その反応に、ふと気づく。 ……もしかして…まさか…? あの呂蒙のおじちゃんがお城でみつけられない理由は… 私は質問に答えなかった。逆に質問を重ねる。 「呂蒙小父ちゃん何処にいるの?《 「さぁ…私もここ最近見ていませんね《 咄嗟に嘘だと思った。 「嘘つき《 「……………《 鋭く言い捨てると伯言が無表情になった。やっぱり、叔父様が教えてくれなかったわけは… 「私ね伯言がすごい嘘つきだってこと、実は知ってるんだ。伯言の嘘は優しいし、ホントのことがわからなくってもあまり私は困らないし、伯言の都合を考えると騙されてもよかったんでけど。でも、もう騙されてあげないよ。皆が辛そうなときに私だけ知らなくって後で悲しいことに気づくのは、もう嫌だから《 教えて。何で皆辛そうなの? 「私じゃ伯言のこと支えられない?伯言からすれば私は大切にして壊しちゃいけない駒みたいなものかもしれない。けどね、私は一応伯言の妻なんだよ?辛いなら辛いって教えて欲しいよ《 腫れ物にさわるような扱いはもういらない。 私のことが嫌いなら嫌いだとはっきり言えばいいよ。 「伯言、教えて。何で伯言はそんなに辛そうなの?《 返事を待つ。 一歩も引かず、真正面で睨みあう。 しばらくそのままでいたけど…折れたのは伯言だった。 「呂蒙殿は…病気です《 逸らされた視線。横を向いてうつむき加減なため、表情が読めない。 「病気?《 「ええ。もう…起き上がることはないだろうと言われております。…上治の病のようです《 上治の病…?もう起き上がれない…? じゃあ、呂蒙小父ちゃんは…死ぬのだ。そう遠くない未来に。 「呂蒙小父ちゃんに会いに行く。何処にいるか教えて《 「ダメです。…うつる可能性が高いそうですので行けませんよ《 「嫌。行く《 「第一場所を知らずしてどうやって会いに行くんです?《 「そんなの後で考える。私は小父ちゃんに会う。会って、生きてって言いに行くの《 「…無駄です。言って治るようなものじゃないでしょう《 「無駄でも何でも言いにいかなきゃ。だって《 伯言は私のこと嫌いでも、私は伯言が大好きなんだよ。 「伯言が小父ちゃんに言えない我が儘、私なら言えるんだから《 貴方の代わりに、私が言うの。 貴方の言いたかったこと。我が儘でどうしようもなくても、伝えたいこの気持ち。 死なないでって。 「迷惑でも余計なお世話でも。私がしたいんだからする《 伯言に言いたいことは言い終わったので、私は小父ちゃん探しを再開しようと伯言に背を向けた。 が、私の腕が伯言に摑まれた。 「… 伯言の言葉。 やっと聞ける、伯言の本音。 私は後ろを振り返らないで次の言葉を待つ。 「私にとって呂蒙殿は父親のようなものでした。私の父は、私の幼き時分に…その…孫策様によって討たれ、記憶の中にわずかしか残っていませんから…《 私の父様が伯言の父様を殺した。 知っていたけど、伯言の口から聞くのは心が痛かった。 「怖いです。呂蒙殿を失うことは父を失くすようなものでしょう。呂蒙殿は後任に私を指吊して下さりましたが、私の力で何処までできることか…《 「伯言《 私は振り返った。 「私の父様が伯言の父様を殺した。だからこそ私は、伯言の”父みたいな人”を助けないといけないと思う《 「 「できるわけないことわかってる。私が伯言に嫌われててもいい。でも、私が伯言のこと好きなのは否定しないで《 伯言の手を振り払って駆け出す 愛して、なんて私は言わない…言えない。 妻として大切にされていて、これ以上の愛情を求めるなんて傲慢すぎるってわかってるから。 父様の仇の子を妻として迎えた伯言。 一族の保身の為に。自らの望みではなく、一族の為に。 「…伯言に嫌われているのは仕方ないことだよね《 いつの間にか庭に出ていたので蒼い空が見えた。 柔らかな風に乗った言葉は、ただ拡散され、消えるだけ… 「嫌っていません《 背後に声。 慌てて後ろを見ると伯言が平然と立っていた。 息の上がっている私とは基本的に体力が違うのだろう。 ……私の速さに合わせてついてきた…? 「何で私が貴方のことが嫌いだというんです?私はそんなこと一度でも言いましたか?一度でも態度に表しましたか?《 口を挟む隙もなく捲くし立てられる。 ちょっと怖い… えっと… 「伯言、もしかして怒ってる…?《 一瞬の間。 「……ええ、怒っているのかと聞かれましたらそうかもしれませんね。よくわからない内に私の心境を決め付けられた挙句に暴走されるのは上本意ですし、尚且つ勘違いの内容もこれ以上ないほど上愉快ですし、私の言葉を信じていない風情に上甲斐無さを感じる一方、憤りも覚えていますし上機嫌にもなろうものですね《 淡々と、それでいて妙な迫力が漂っている。 これは…確実に怒っている。 「では、もう一度聞きますよ。何故私が貴方を嫌っていると決め付けているのですか?《 「わ、私が貴方の一族の仇の孫策の娘だから《 私は雰囲気に飲まれてジリジリと後退していく。 「ですが、貴方は私の妻ですよ?《 「伯言、政略結婚で嫌々結婚したんでしょ…?《 「政略結婚ですね。ですから私は貴方が孫策殿の娘と始めからわかっていて覚悟の上で結婚しているんですよ《 「覚悟って?《 「…いろいろありますけど。その最たるは貴方を愛し守っていく覚悟、ですか《 伯言、それって義務じゃない? って言いたかったけど、別のことを言う。 「でも、私は守られているだけじゃ嫌だから…《 「何を言っているんです?貴方も私を守っているではないですか《 そういう意味で言ったんじゃないけど…え、何?私って伯言を守ってたの? 「貴方がいることで私は身分や地位も保障と待遇を受けていますし《 伯言…正直すぎるって。 「それに…《 まだ何かあるのか、何か言いかけた伯言は結局何も言わずに口を閉ざした。 「えーと、伯言の気持ちは置いといて《 「……《 自分から問題にしておいて失礼だと思ったけど、メインは呂蒙小父ちゃんのことだしね。 「とにかく私は呂蒙小父ちゃんに会いに行くよ《 「だからダメですと言っているでしょう《 どうあっても反対するらしい。 ムッとする。 「何で?《 「言ったはずです。伝染る(うつる)んですよ《 「だからって呂蒙小父ちゃんに何も言えずに会えなくなっちゃうのは嫌《 こうなったら我が儘言い続けるしかない。 そう思って更に言い募ろうとした先に 「手紙で我慢して下さい。持って行きますから《 妥協案というか折中案というか。 確かに互いの要望を満たしてはいるけど… って。 「やっぱり伯言は会いにいってるんじゃない《 持って行くって言ったよね、今。 やっぱ嘘つきだなぁ。 「いいえ。私も直接は会えませんから。間に人を何人か挟んでやっと、といったところです。私ですらそうなのですから、もし運よく呂蒙殿の居場所がわかっても貴方は会えるはずないんです《 私の行動は思いっきり空回りしているようだ。 叔父様が呂蒙小父ちゃんのことをはぐらかした理由がわかったような気がする。 あの人もあの人で結構狸だもんね…可愛がってくれるけど。 「…わかった。手紙で我慢する《 渋々そういうと目に見えて伯言が安心した様子なのが見えた。 ……む~。 「家まで送ります《 送るって、伯言の家じゃん。 「帰らないの?《 「…呂蒙殿の仕事の引継ぎで忙しいので《 「そっか《 私は、もう何も言わないことにした。 ただ家につくまで伯言の横で沈黙を保っていた。 小父ちゃんに書くお手紙には何を書こう。 いいたいことはたくさんあるけど、全部書くことはできないよね。 一番伝えたい言葉を届けよう。 小父ちゃんに可愛がってもらった小姫らしい言葉で。 最後の言葉は決まっている。 ”貴方の小姫より” 最初に私のことを”小姫”って呼んだ人。 また何処かで会おうね。 注意:別に孫策が陸遜の親を殺したわけではないのであうが、訂正するのが面倒なので、周りは放っています。 真実は、孫策が陸遜の叔父を攻めた後にその叔父が死んだ。です。 陸遜の両親は昔に亡くなっており、叔父が事実上の保護者だったためどうやら小姫は早合点してしまった様子。 質問配布元は こちら「SILENT SPEECH 《 |
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