01 もうどうでも良い


温い風が吹く。

きな臭い、ここ数年で馴染んだ嫌な空気だった。

見上げた空は紅く、あまりの禍々しさに手を伸ばす気にもなれなかった。

一歩。また一歩。

踏みしめるごとに纏わりついてくる”終わり”の気配。

喧騒が近づいてくる。

もう、そこまで来ているのか。

「丞相…貴方は見誤っていたみたいです」

貴方は私などを後継にすべきではなかったのですよ…



思えば、数奇な人生だったと思う。

幼くして父を亡くし、家族は母一人だけだった。丞相率いる北伐によって天水が蜀に寝返ったとき、異心ありと疑われた私は丞相に投降することとなり…そして。

私は蜀に入った。

一番幸せだったとき。

師に導かれ、仲間と切磋琢磨し、主も穏やかで。

私は知らなかった。だからこそ、そこの生活が楽しめた。

私は知らなかった。そして私は丞相の後継者となった。

私は知らなかった。隠された真実があったことを。

私は知らなかった。いつか虚構が崩れることを。

そう。私は知ってしまったのだから。私は丞相の策略によって蜀に迎えられたということを。

丞相には感謝をしている。尊敬もしている。敬愛だってある。

けれど…憎みもしている。

私は丞相の後継者だ。誰が認めようと認めなかろうと、それは確かな真実。

ならば…私は丞相の願いを継ぐのは自明の理ではないだろうか。

師の悲願を達成させることこそ弟子の務め。

北伐。私の運命を変えた、因縁の大任。

私は貴方を継ごう。それが何をもたらすかなんて私は知らない。

私は貴方の後継者。けれど、貴方を憎んでいることもお忘れなくーー



「私は知っていました。無茶な軍行は国力を損なうだけだと」

誰に言われるまでもなく。知っていた…だからこそ強行した。

「これが私の……復讐です」

貴方の愛した国を貴方の願いのもって滅ぼすこと。

一度滅ぼした国。

「それなのに…自分で仕掛けたことなのに私は何故か、無駄にもまた建て直そうとしたんですよ…」

そんなこと叶うはずもないのに。私はーー

「そして…これが私の最期です」

師の教えを違えた愚かな弟子の最期として相応しいでしょう?

相応しい、惨めな死に様でしょう?

だから最期に謝らせてください。”貴方の弟子”として。

「…申し訳、ありません…丞相」

喧騒が近い。

血だまりの中で掲げた刀が反射した銀の色。

頭の中を幸せだった時代に会えた人達の顔がよぎり、

「もうどうでも良いですから」

貴方たちのもとへ、連れて行って下さい。

血塗れの刃が迫るのを、私は深い安堵の中で見つめていた……







質問配布元は こちら「SILENT SPEECH

 

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