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予測不能の出来事なんていつものことで、そんなものに一々神経を尖らせていたら身がもたない。 成るようにしか成らないのだから、磨くのならば順応性だ。 そう言っていたのは誰だったか今となってはもうわからないけれど。 もしそうだったとしても、私は少しでもよりよい方へと事態が進んで欲しいから。 誰が決めたかわからない未来に足掻き続けたいと思うのだ。 ‡ ‡ ‡ ‡ ‡ ‡ ‡ ‡ ‡ ‡ ‡ ‡ ‡ ‡ ‡ ‡ ‡ ‡ 降将で年少。これだけでもやっかまれるのに十分な条件だ。 そのことはよくわかっていた。だから精一杯目立たないようにしようと決めていたし、嫌な思いをするのも仕方がないだろうと覚悟だってできていた。 しばらく様子をみて周りに馴染めたころから少しずつ発言していけばいい。 何も急ぐことはないのだ。まだ学ばなくてはならないことはたくさんあるのだから。 ますはこの国に慣れることが何よりも先決。 何の因果か故郷を捨ててやってきたこの土地。 第二の故郷になるかもしれぬ場所なのだから。 だが。幸か不幸か。 そんな彼の思惑を嘲笑うかのように世界は回る。 彼はこれから「新しい諸葛孔明の弟子」という厄介な看板を背に負うこととなり、早くもその計画は崩れることとなるのだった。 「大丈夫か?」 「…何とか」 ショックで頭がうまく働かないことを除けば、と内心で呟いた姜維は歩きながら横に目をやった。 城内の案内を頼まれたらしい、隣で歩調を合わせてくれている人物もこれはこれで頭の痛くなるような地位にいる人間なのだが、先ほどドッキリをかましてくれた人物に比べれば精神的疲労は十分の一である。……こんなことを感じるくらい感覚が麻痺しているということでもあるのだろうが。 確かに戦いの後、かの有名な諸葛孔明殿にはお会いした。「貴方の力が必要なのです」と切々と訴えられて後生を蜀に捧げることを誓い、この地にやってきた。 だが、弟子なんて…破格の待遇すぎると思うのだ。疑いたくないが不信感は募ってしまう。比較的素直な方だと自覚がある自分が、何か目的があるのではないかと勘繰ってしまうくらいだ。それを考えると周囲の反応など目に見えている。 「何故丞相殿は私などを弟子にとろうとお考えになったのでしょう?」 少しでも情報を仕入れようという気力が復活した姜維は横を向いて質問をする。 「才能があるからだろう」 「才能なんてそんな」 「実際あると私も思う。孔明殿の策を破ったのはまぐれじゃないだろう。謙虚なのは美徳だが、自分を卑下すると周りの人間に甘くみられるからな」 気をつけた方がいい、と忠告される。どうやら心配してくれているようだし、ご尤もなことなので軽く頷いてから聞きたいことへと本筋を戻す。 「ですが、大抵新人は下の管轄にまずまわされるでしょう。元敵将ならば尚更重要人物においそれと近づけないような部署でしばらく様子を見るはずです」 「敵対していたからわかる実力もあるらしい。孔明殿のご指名だから正面きって異議申し立てなどする人物はいないだろうな」 「丞相殿は皆に信頼されているのですね」 「あの人の信条は”信賞必罰”だからね。公平な人だよ。…だいたいは」 不安を覚える一言が付け足されたので視線で問いかけるが軽く無視される。 「ああそうだ。伯約…と、呼ばせてにさせてもらうぞ」 「はい」 「孔明殿のことを”丞相殿”と呼ぶのは慇懃すぎて嫌われる可能性があるから普通に”丞相”と呼んだ方がいいと思う」 「はい?」 話の展開に頭がついて凝れずに間抜けな声を出してしまった。 どうしてそんな話題が出てくるんですかどういう繋がりがあるんですかそもそも何でそんなこと知っているんですか。 と言いたいのは山々だが、代わりに違うことを言ってみる。 「丞相…と、親しいのですか?」 「そこそこと言ったところか。長い付き合いでもあるわけなのだし」 あの人は結構偏屈なところあるから親しい人はそういないだろうし…と何故かため息と共に呟かれて姜維は曖昧な笑みで答えた。 角を曲がって渡り廊下を進むときにふと疑問が湧く。 「あの、趙将軍」 「何だい?」 確か五虎将軍という偉い職の人なのに気さくな返事だなと思いつつ一番重要だと思われることを質問する。 「私はまだこれから仕える君主に目通りを許されていないのですけど」 ここの王はどのような方なのだろう? そういう気持ちで横をみるとななめ後ろで宙に向かって虚ろな笑いを浮かべている趙将軍が発見できた。 「……あの?」 何かまずいことでもあったのだろうかと伺うと将軍が苦笑しながら、何でもない、と軽く手を振ってくる。……どう見ても何でもないという反応ではなかったと思うのだが… 「大丈夫だ。近い将来に会えることを保証する。ただ、今殿は城を留守にされている様子だから後日改めて案内しよう」 「はぁ」 「それより今日は時間があるだろう?私以外の五虎大将に挨拶しておいた方が何かと都合が良くなるはずだ。よかったら案内ついでに連れていくが?」 「はい、お願いします」 国の重職についている者と知り合う機会は貴重である。願ってもないことに素直に甘えさせてもらうことにする。 「他の方々はどんな方達なのですか?」 興味があるのでなんとなく話を振ってみる。 「殿の義兄弟の関羽殿と張飛殿、それから黄忠殿と孟起…馬超殿だな」 「五人いませんでした?」 一人は趙雲なのだから計算が合わなくなる。 「一つは字だ。間違えてすまない。もう一度…今度は詳しく話すから勘弁してもらおう」 いいですよ、と姜維が笑って答えたのを確認してから話が続けられる。 「関羽殿と張飛殿の二人はさっき言った通り、殿の義兄弟だ。関羽殿は荊州を守る任に着いていて一年の大半はいない。今は運よく城に滞在していたはずだが。軍神ともよばれるお強い人だ。髭が美しので”美髭公”とも言われている。張飛殿は大抵城にいるから比較的会いやすいだろう。豪快な人で…宴会に出ればすぐにわかるだろうから詳しい説明はいらないか…」 「趙将軍は義兄弟の末弟のとようなものだと丞相から教えていただきました」 姜維の言葉に趙雲は複雑な表情で答える。 「そんなに近い存在じゃないが、他の人よりは3人の近くにいる…というのが正しいと思うのだが」 義兄弟の三人はとても仲が良く、他の人が入れる隙間などないのだ。 「五虎大将の話だったな。後は…」 「はっは〜趙雲殿〜何をしとるんじゃあ?」 「黄忠殿。いいところに」 姜維が趙雲の視線の先を追うと、そこには一人の老人が木陰で汗を拭いていた。 側に木刀が転がっているあたり、素振りでもしていたのだろう。 姜維は趙雲と共に庭へ降りた。 「伯約に城を案内しておりました。折角の機会ですからだいたいの重鎮の方々に紹介でも、と思いまして。伯約、こちらは黄忠殿。五虎将軍の一人だ」 趙雲に軽く紹介をしてもらった姜維は視線に促されて前へ出る。 「はじめまして黄将軍。先日の戦の後に蜀に参りました姜維です。字は伯約と申します」 「先日の戦というと、天水じゃな」 姜維が肯定の意を示すと黄忠は悔しそうに、 「天水…わしもできれば出撃したかったのじゃが…諸葛亮殿に止められてのぅ。まだまだわしは現役じゃのに」 「黄忠殿、防衛も大事ですから」 宥めに入る趙雲を見て内心、年寄りの冷や水という言葉を頭に浮かべる姜維だった。 「それで、黄忠殿。この姜維は孔明殿の弟子に指名されまして」 「ほぅ。もしやこやつ天水の麒麟児とやらかのう?」 好奇心丸出しの黄忠の視線を受けて姜維は首を捻る。 天水の麒麟児…そう呼ばれたこともあるようなないような。 地方で噂されていたかもしれないが、少なくとも他国であった蜀まで轟くほどの勇名ではなかったはずだ。 「はい。そのご本人です」 姜維の代わりに趙雲が返事をした。 話から置いていかれた姜維は慌てて割り込んで質問する。 「あの、天水の麒麟児なんていう通り名なんて私は持っていませんが」 その言葉に趙雲と黄忠の二人が単純明快に 「と、孔明殿に言われたからね」 「そう書簡に書いてあったからのぅ」 どうやら、自分の知らないうちに一躍有名人になっていたようである。しかも原因はまたあの人である。 「ず、随分と高く買ってもらっているみたいですね…」 はは、と力ない笑みが浮かんでくる。最初の計画、丸つぶれ… 「頑張れよ小童。諸葛亮殿に高く買ってもらった以上下手なことはできんぞい」 半ばトドメに近い攻撃を受けつつ、黄忠殿と笑顔で(少し歪んでいたが)別れた後、二人は張飛を探して…何故か酒蔵へとやってきていた。 「張飛殿!いらっしゃいますか!」 趙雲が少々声を張り上げて叫ぶと中なら「おう!」と声がした。 酒蔵に入っていく趙雲の後ろをついて姜維が中に入ると赤ら顔の男が酒盃を片手に手を振っていた。 男の近くには空になった巨大な樽が転がっている。結構多い。少なくとも5,6本ではない。 「これ…お一人で空けたんですか」 だとしたらとんでもない酒豪だ。 半ば呆然としつつ姜維が呟くと男は豪快に笑って否定する。 「さすがの俺でも一人じゃ無理でぇ!兄者と二人で飲んでたんだ。なぁ、兄者!」 その先には長い髭の男が肯いていた。 姜維はこの二人が張飛と関羽だと理解する。 趙雲が二人に軽く礼をしてこの場を邪魔したことを詫びてから(二人は笑って許した)、姜維のことを紹介する。 「新しく孔明殿の弟子になった者です。案内を孔明殿から任されたのでお二人にもお見知りいただくべくここに参上と成りました」 「はじまして。私は姜維、字は伯約と申します。先日の戦の後丞相に感服し蜀に参った次第でありますが、お二方の勇名は私も聞き及んでおりました。これからどうぞよろしくお願いいたします」 姜維の挨拶に二人は鷹揚に頷く。礼を尽くす相手に悪い気などするわけないだろう。 二人の方はそれほど姜維を気にしていたわけではないが、天水の麒麟児という言葉には反応した。 「へぇお前がか!あの諸葛亮センセがベタ褒めにしてた」 「うむ…想像していた者とは違うが、こちらも世話になる日がいつかくるやもしれぬ。そのときはよろしく頼むぞ」 いつの間にそんな通り名をつけられたのだろう…と内心辟易しつつ、丞相は何と書かれたのかと疑問に思いながら。姜維は趙雲に続いて二人の前を辞したのだった。 「姜維は私を含め四人の五虎大将に会ったが」 案内もだいたい終わり、五虎大将で顔を見ていないのは残すこと一人となった。 二人はまた城内の庭近くまで戻ってきていた。 「そういえば、詳しく説明すると言っていたときに黄将軍がいらっしゃって、それきり続きを聞いておりませんでしたね」 後一人は、どのような方なのですか。 姜維は思い出して聞いた。趙雲が、そういえばそうだったかな、といって続きを話し出す。 「最後の一人は馬超殿だな。年が近いはずだから一番親しくなれるだろう」 「あの、そういえば趙将軍はお幾つですか?」 「…24ということにしておこう」 しておこう、という言葉は疑問だが話を中断しすぎると何を話したかったのかわからなくなるため会話を戻す。 「その馬…将軍って、あの錦馬超ですよね」 「知っているのか」 「はい。私は一応涼州出身ですから」 「ならば話は早い。最近は慣れてきたようだが、少し前は暑さに参っていたようだったからな…何処にいるか検討もつかないんだ」 その日その日によっている場所が違うため、探して会うという方法はできないらしい。 趙雲は、仲は比較的良いほうだが見つけられるかはその日の運に任せていると笑った。 「では後日改めて…」 「いや、でも一つだけ見つかる確率の高くなる方法があってね」 「?」 「彼には従兄がいるんだ。その従兄殿に聞くと高確率で会える。……知っているか、従兄殿?」 最後に趙雲は庭の物陰へ歩いていき、声をかけた。 姜維もついていくと、物陰には一人の青年がいた。 「何をしているんだ?」 驚いている姜維は半ば抜きで二人は会話を始める。 「休んでいただけですよ」 「そうか」 「それよりよく俺を見つけられたと感心してますが」 「いま、孟起のことを話題に出したから近くに来てくれるんじゃないかと」 「お見通しですね。私がこの時刻に庭を通ることも考えていましたか」 「そうでないといる場所を当てられないだろう」 「ですね」 新参者には省略された言葉が多くて何をいっているのかわからなかった。 話の流れからいって青年は馬超の従兄らしく、行き先がわかる可能性が高い人物だということはわかるのだが。 反応に困っていると、それに気づいたのか趙雲がもう一度馬超の居場所を尋ねていた。 「従弟君の居場所ですか。知ってどうするのか聞いてもよろしいですか?」 首を傾げながら聞き返されて趙雲は苦笑しつつ姜維に視線をむけ、 「孔明殿の新しい弟子を知っておいてもらおうかと思ってな」 「……そうですか。では私から従弟君には伝えておきましょう。後日会いに行かせます。今日は何処か狩りにでも行こうかと申していた気が致しますので家にはいないでしょうから」 「そうか。任せよう」 馬超の従兄だという青年の背を二人で見送ってから、姜維は趙雲に尋ねる。 「私は名乗らなくて良かったのでしょうか…?」 「大丈夫だ。彼は天水での戦に参戦していた。さらに言うと直接伯約を見ていたはず」 「え…そうなんですか?記憶にないんですけど…」 「馬、なんて珍しい苗字じゃないからな。彼の名前は確か馬岱。字は忘れたな」 「え…忘れた、とは?」 忘れたというのはおかしなことだ。皆が呼ぶ名前を普通忘れたりするだろうか。 「ただ一人を除いて決して字を呼ばせないと決めたらしい。私たちは彼を”従兄殿”と呼ぶことしか許されてない」 どうやら何か拘りがあるらしい、と趙雲は言った。 意地でも字を呼びたいというわけではないのでいつの間にか暗黙の了解のようになっているらしい。 気にしなくていい、と言われ姜維はそのまま”従兄殿”のことは保留にすることにした。 翠雨・二へ→ 長編小説部屋へ→ indexへ→ |